投稿日/2011年12月 1日(木) 7:11 投稿者/河北泰三 コメント/0件
いよいよ12月突入し、あと1カ月で今年も終わりです。
東野圭吾さんの最新作 「マスカレードホテル」 を読んでいるのですが、この物語の舞台は高級ホテルです。
ホテルフェチの私にとって、ホテルの裏側を知ることができ、興味深く読んでいます。
物語の中で "スキッパー" という業界用語がでてきます。
この"スキッパー"というのは、宿泊代金を支払わずにホテルを出て行ってしまう人のことです。
先に代金をいただければいいのですが、高級ホテルでは基本的に宿泊代金は後払いです。
つまりゲストを信用している姿勢をもっています。
しかし、現にスキッパーが存在することもあり、フロントマンの判断で怪しい人と思われるゲストにはデポジット(保証金)をいただくようにしています。
私もよくチェックインの際、クレジットカードの提示を求められます。
ルールに従ってのことなのですが、いいホテルであればあるほど、デポジットを求められるとあまりいい気がしません。
・・・オレのこと信用していない?・・・
・・・そうです。信用していません・・・
チェックインカウンターをはさんで、私とフロントマンとで暗黙の会話があります。
この小説によると、スキッパーの疑いである判断は違っていました。
派手な人、柄の悪い人、横柄な人はスキッパーの可能性が低く、おとなしい人、目立たない人の方が可能性が高いそうです。
その理由は、スキッパーは常習犯が多く、目立つとホテル間での情報共有により都合が悪くなるからだそうです。
・・・う~ん。なるほど!・・・
「居残り佐平次」という落語があります。
お金もない佐平次は、品川にある遊郭へ遊びに行き、数日間タダ酒を飲み続けます。
そして無一文のことがバレると、フトン部屋に連れて行かれますが、男芸者張りにお客の相手をしては祝儀などをいただくようになります。
そうなってくると店にいる若い衆の取り分が少なくなり、これではよくないと判断した旦那は佐平次に出て行ってもらいますが、飲み食いしたお金も帳消しどころか、お金付き着物付きで出て行ってもらう羽目になります。
それもそのはずで、この佐平次という男、居残りすることが商売だったのです。
先日亡くなった立川談志師匠が得意としていましたが、落語版スキッパーともいえる噺です。
投稿日/2011年11月30日(水) 17:48 投稿者/河北泰三 コメント/2件
昨夜というか、本日未明にホテルに戻った時間は確か午前2時半でした。
春風亭昇太さんと久しぶりに深酒したのです。
昨夜は東京下北沢・本多劇場で "SWA(すわ)"の公演を見に行きました。
"SWA(すわ)"というのは、創作話芸アソシエーション の略称です。
自動車メーカー・ダイハツのCMで、低燃費のことをTNPと言っているのと同じです。(ちょっと違うか?)
春風亭昇太さん、柳家喬太郎さん、林家彦一さん、三遊亭白鳥さんの4人がメンバーで、新作落語の会を8年前に結成したのです。
彼らの作った新作落語は、この4名であれば誰が演じてもいいというルールがあります。
なので、ひとつの作品でも色んなバージョンで楽しむことができます。
そのSWAが今年いっぱいで活動を休止する事になり、その最後の公演が今週あったのです。
パワフルで、会場一体となった素晴らしい公演でした。
昇太さんは前日、喬太郎さんと午前3時まで飲んでいたとのことと、しかもその日は昼夜2公演であったので、かなりお疲れモードと推測し、楽屋に挨拶したあとすぐに帰ろうとしましたが、呼び止められました。
「ちょっと(飲みに)行くか?」
「望むところです。」
それで3軒のはしご酒となり、深酒になり、二日酔いとなったわけです。
飲んでいる時にどんな話をしたかというと、やっぱり落語の話題です。
落語ファンの私にとってはたまらないお話です。
「落語ってのは、日常なんだ。日常のおかしさを見いだせないと飯が食っていけない。」
真剣に飯を食うために感性を磨いている人が好きで、勉強していない人は相手にしないとも言っていました。
その集合体がSWAなんでしょう。
「昇太先輩は、ダンディズムですね。」
「お前は志の輔か!」(談志師匠が亡くなった時の志の輔師匠のコメント)
結構ベロベロになりながらもツッコミも忘れず、夜が更けていったのでした。
投稿日/2011年11月29日(火) 7:36 投稿者/河北泰三 コメント/0件
今年の夏、サマージャケットを買いに行きました。
松山市内の百貨店ではあと2週間でクリアランスセールが始まる事は知っていたのですが、どうしても次の出張に着ていくジャケットがなかったので買ったのです。
「お客様、このジャケットは特殊素材で一番人気です。丁度このサイズ1着しか残っていません。」
そして買ったばかりのジャケットを着こなして、東京出張です。
都内百貨店へ行くと、紳士服売り場ではクリアランスセールがすでに始まっているではないですか。
・・・東京はクリアランスセールがもう始まっているんだ。ちょっと見てっか。・・・
私のお気に入りのブランドもあり、物色しようとした時です。
・・・うぁ!・・・
こないだ買った同じジャケットがクリアランスセール商材として売られていたのです。
しかも、たくさん吊られていました。
・・・一番人気って言っていたよな!何なんだよ!・・・
どのぐらい安く売られているのか気になりましたが、見ると嫌な思いをするのでやめました。
それより、1秒でも早くここを立ち去りたかったのです。
その理由は、同じジャケットを私が着ていたからです。
「お客様、お買い物でしょうか?」
ドキン!嫌な予感が当たってしまいました。
そうです、店員さんは私がセール商品を着用しそのまま行こうとした(逃げる)と思ったのです。
どう見ても、どう聞いても、声のかけ方、目つき、すべて私を疑っていました。
それもそのはず、店頭に置いてあるものと同じものを着ているのですから。
「あのぉ、言っておきますが、私これ松山で先週買ったんです。」
「ええっ!松山ってもうセールしているんですか?」
「定価で買ったんだよ!しかもカードで買ったんで、まだ引き落とされてないし!」
「それはありがとうございます。でもよくお似合いですよ。もう1着いかがですか?今だったら○○円です。」
・・・うわぁ~。値段聞いてしまったぁ~。・・・
この気持ちわかります?
投稿日/2011年11月28日(月) 9:25 投稿者/河北泰三 コメント/0件
プロ野球日本シリーズも終わりました。
今シーズンのプロ野球は、東日本大震災が起こり開幕時期や節電のためナイターができなくなるとか、かなり揉めたスタートでした。
でも、終わればおもしろいシーズンでもありました。
それは、選手が懸命にプレーしたからでしょう。
中日・落合監督は、有終の美にはなりませんでしたが、いいイメージで勇退できたのでないかと思います。
しかし読売巨人軍の渡辺オーナーって事あるところに必ずと言っていいほど露出しますね。
開幕時期の問題の時も、節電の時も、WBC(ワールドベースボールクラシック)のルールについても、最近ではジャイアンツ人事についても脚光を浴びてます。
きっとキャラクター性が強いのでしょう。
ここは、ゆるキャラに対抗して、こせ(個性)キャラというのを読売グループで作ればいいのにと思います。
"ツネオくん" という名前の個性派キャラクター。
ホームゲームでジャイアンツが勝てばいつものキャラクター "ジャビットくん" が登場し、負ければ "ツネオくん" 登場するのです。
そして敗因となった選手をグランドに引きずり出し、怒るのです。
ウケると思うけどなぁ~。
まぁ人生って、逆手に取るぐらいの知恵と勇気がなければおもしろくないでしょうね。
その点では、今回のドラフト会議での日本ハムファイターズの指名はサプライズでした。
知恵と勇気を振り絞ったものでしょう。
巨人とあれだけ両思いの東海大学菅野選手を1位指名するし、7位指名では早稲田大学のソフトボール選手を指名です。
ドラフト会議場のどよめきは、意外性と字余りです。
普通は、名前と大学名または会社名を読み上げますが、名前・大学の後にソフトボール部がつけ加わっていました。
このなんとも言えぬ、字余り感が知恵と勇気じゃないかと思う訳です。
来年のドラフト会議、今度はどんな飛び道具が出てくるのか今から楽しみです。
投稿日/2011年11月25日(金) 8:06 投稿者/河北泰三 コメント/4件
落語家立川流家元 立川談志師匠がお亡くなりになりました。
立川談志師匠は、落語界において大きな存在であり、私にとっても訃報はかなりショックです。
思い出話をいろいろ。
談志師匠の存在を知ったのは、私が小学校上がったばかりのころ。
テレビ番組 "笑点" の司会者されており、上から読んでも、下から読んでも 「だんしがしんだ」 というフレーズを誰かが言っていたのを強烈に覚えていたのです。
初めて談志師匠のライブを見たのが、19歳の時 新宿末広亭という寄席で、「五貫裁き」という落語を演じました。
他の落語家が何を演じたのかは記憶に残っていませんが、談志師匠の落語は今でも鮮明に残っています。
その印象は、初めてストリップを見た衝撃に似たものでした。
・・・何なんだこの人は・・・
私が入部していた落語研究部が、談志師匠の落語に傾倒している先輩が多くいたせいもあり、それから談志落語を選んで見るようになりました。
九段会館で見た「ねずみ穴」、テレビ番組花王名人劇場の公開収録で見た先代円楽師匠とのリレー落語「お化け長屋」、国立演芸劇場での "ひとり会" で観客からのリクエストに応じた「化け物使い」、赤坂での「三軒長屋」、横浜での「芝浜」、渋谷のライブハウスで見た「夕立勘五郎」、東横落語会での「小猿七之助」 など等、見た場所と演題が今でも思い出されます。
そのぐらい、私にとっても印象深い落語家でした。
池袋演芸場の主任(トリ)を見に行った時は、先代の金原亭馬生師匠がお亡くなりになった日でした。
私は、馬生師匠が亡くなった事を談志師匠の高座で知りました。
馬生師匠との思い出話をしみじみと50分ほどし、「今日はこれで勘弁してほしい。」 と言って高座を終えました。
今まで見たことのなかった、談志師匠の一面を垣間見ることになり、これも思い出の一席になります。
厚木では、終演後ロビーで待っていると、談志師匠が出てきて握手をしてもらいました。
「今日はありがとう。また見に来てください。」
笑顔の師匠と手のぬくもりが忘れられません。
・・・だんしがしんだ・・・
「落語とは人間の業の肯定」 と定義付けし、逝ってしまった談志師匠に合掌なのですが、やはり残念でなりません。