投稿日/2011年12月 8日(木) 9:33 投稿者/河北泰三 コメント/0件
イルミネーションや音楽、そして冬の空気が混じりあり、出張先の東京は街中クリスマスモードになっています。
そそくさと打ち合わせ場所から次の打ち合わせ場所へと移動する時に、そういった光景を目にすると不思議な気持ちになってしまいます。
・・・クリスマスマジック・・・
「七福タオルの河北です。お世話になってます。」
移動の途中で得意先や仕入れ先に電話連絡をしますが、背景がクリスマスモードの時は無意識に使う言葉のニュアンスが変わってしまいます。
ある資材メーカーへの電話連絡の時、バックは "ジングルベル" 鳴っています。
「ああ、それでいいですよ。ただ納期はちゃんとしてくださいね。みんな楽しみに待っていますから。がっかりさせないでね。」
別な仕入先の時には、"あわてんぼうのサンタクロース" が・・。
「もっと軽快に仕事してほしいな。リズムで言えば "リンリンリン" とか "ドンドンドン" とか "ドンシャラシャン" とか。」
得意先からのクレーム電話の時は "第九" が・・。
「ああっ!スミマセン。とんでもない事をしてしまいました。」
「今回はささいなことで済みましたが、気をつけてくださいね。」
「はいわかりました。明日の希望のためにもガンバリマス。」
さらに自分の会社への電話の時には "きよしこの夜"が鳴っていて、発する声も神妙になります。
「そうか・・、なるほど・・、間に合わないかもしれないという事だな・・。わかった。神様に祈ろう。」
マンガみたいな単純な男でしょう。
でも、クリスマスマジックって不思議です。
これからサンタクロースもちらほら見かけるようになるでしょう。
昨年、今治でも愉快なサンタクロースを見かけました。
サンタの格好をした男がぜいぜいと息を上げながら走っていて、その先に止めてあったワゴン車に乗り込みました。
これから仕事へ行くのに待ち合わせていたのでしょう。
見ると、そのワゴン車には6人のサンタクロースが乗っていました。しかも運転手もサンタクロース。
これまたクリスマスマジックでした。
投稿日/2011年12月 7日(水) 7:17 投稿者/河北泰三 コメント/2件
大阪へ行った時に、なにわの美人バイヤーと商談しました。
「最近の売り上げはどうでしょうか?」
「いやぁ~きびしいよぉ~」
「そうでしょうね。世の中不景気ですものね。ギフト需要も落ち込んでいるんですか?」
「そりゃもう、大変ですよ。特に仏事ギフトは最悪です。」
百貨店で販売しているタオルのうち、ギフト需要は70%近くあるのです。
ギフト需要は大きく二つに分かれ、贈答用ギフトと返礼用ギフトがあります。
その返礼用ギフトにも二つに分かれ、お祝い返しギフトと仏事ギフトがあります。
仏事ギフトは香典返し用がほとんどです。
この香典に変化が見られるようになりました。
遺族関係者が、葬儀参列者からの香典、献花を辞退するケースが増えているのです。
中には、葬儀自体も親族だけでひっそりと終えてしまう場合もあります。
先日お亡くなりになった立川談志師匠もそうですし、渥美清さんもそうでした。
香典や献花を受け取らないという事は、返礼する事もありません。
ということは、仏事ギフト市場が小さくなっていくこともごく自然な事です。
なにわの美人バイヤー再び登場。
「考えてみれば、社内で訃報案内が回ってきた時に、香典辞退の社員多いですもん。百貨店に勤めているのにね。」
「ふ~ん。なんかおもしろいですね。」
香典や香典返しという日本人独特の文化がなくなっていくのはさみしい限りです。
でも、中にはこんな人も。
数十万円もする毛布を、故人のためにお買い求めになり、「安らかに眠ってほしい。」 と、棺桶に入れて一緒に荼毘(だび)にふしたそうです。
毛布を送った人は親族の方でなく友人で、決して裕福な方でもなかったとのこと。
でも気持ちの伝わるお話です。
人それぞれですが、日本人としての気は持っておきたいと思うのです。
投稿日/2011年12月 6日(火) 8:06 投稿者/河北泰三 コメント/4件
徳島であった "立川談春独演会" へ行ってきました。
テレビ局の方から 「チケット取りますよ。行きませんか?」 と、お誘いを受けたのが1ヵ月前。
徳島公演は2日間あり、そのチケットは販売日2日間で完売したそうです。
チケット完売もスゴイですが、地方公演で2日間公演もなかなかなく、談春師匠の人気ぶりをうれしく思いました。
談春師匠とは春風亭昇太さんの落語会打ち上げ時にお会いしたことがあり、1年前に愛媛での公演にも出かけました。
歯切れのよい口調で、師匠である談志師匠のDNAを引き継いでいます。
今回は、「粗忽の使者」「妾馬」を口演しました。
この二つの噺は、両方ともお武家噺といって、ネタが重(かぶ)るので、普通は一緒にしないものですが、そこは談春流に最後にうまくつなげていました。
この公演を見に行く時にハプニングがありました。
チケットは4枚用意してあり、ウチの内儀(かみ)さんと弊社の事務所を設計してくれた徳島在住の建築デザイナーさん夫婦と行く予定にしていました。
しかし、2日前に、ウチの内儀(かみ)さんが都合で行けなくなりました。
・・・まあいいか、建築デザイナーさんの従業員からもう一人来てもらえば・・・
そして、当日今治を車で出発する時に建築デザイナーさんに電話をしました。
「河北です。これから今治を出ます。午後5時ぐらいに徳島に着きます、待ち合わせは・・えっ、って何?」
この建築デザイナーさん、日にちを間違えていて、今夜は他に予定があるとのこと。
「ああ、そうですか・・わかりました。またの機会にしましょう。ん?食事ですか?そりゃいいです。別な人を誘いますので、その方々と一緒に行きますので、はい、はい、・・ん?ああその件はそれでいいです。ん、ん?ああ、それはそれであらためて・・。はい?・・」
おそらく建築デザイナーさんは、このまま電話を切ってしまうのが申し訳なく思ったのでしょう。
次から次へと急ぎでもない用件を話してきます。
私の頭の中では、せっかく取ってもらったチケットなので席を空ける訳にいかず、誰に声をかけるか算段をしようとしているのに、電話を切らしてくれません。
長電話が終わり、徳島市内の友人に声をかけ、なんとか3名の席を埋めることができました。
こんな時は私を誘って!という人、遠慮なく申し出てください。
投稿日/2011年12月 5日(月) 7:44 投稿者/河北泰三 コメント/0件
茶屋遊びの続き・・。
「"はんなり"って京都の言葉ですよね。どういう時に使うんですか?」
お茶屋の女将さんに尋ねてみたら・・・。
「そうどすな。説明するのはむずかいしどすけど、雪が積もっている椿の木に赤い花が咲いているのを目にした時に 『はんなりしてはる。』って言います。そんな感じどすかなぁ。」
言葉では説明できないが、きびしいそうに見える世界で "ぽっと" した 可愛いさ や 美しさ を表現するときに "はんなり" って言葉をつかうんだろうなぁ。と思いました。
その言葉の柔らかさと奥深さ、そしてもうひとつの事を感じずにはいられません。
今回の茶屋遊びを通じてそれを感じることがありました。
京都での茶屋遊びは、"見栄" と "粋"が融合しています。
お座敷に来てくれた舞妓さんの頭には、かんざしがさしてあり、よく見るとかんざし飾りの小さな札に筆書きの名前がありました。
「菊五郎」「仁左衛門」と書かれてあり、「これってもしかして歌舞伎の・・?」と尋ねると、
「昨日角座でお芝居(歌舞伎)を見に行って、楽屋見舞いに伺った時に、尾上菊五郎はん と 片岡仁左衛門はんに書いてもらったどすえ。」
舞妓さんにとっては、サインしてもらったという"見栄"があり、客との話題にもなります。
役者さんにとっても、楽屋に多くの芸姑、舞妓、お茶屋さんが来てくれることは、他の役者さんに "見栄" が張れます。
そうして互いに祝儀を出しあって、交流が深まり、取り巻きを取り込んでいっているのです。
京都のお茶屋さんが一見客を入れないというのは、紹介者がいなければならないという事です。
紹介者は、いわば保証人のようなものなので、遊んだ人が仮に支払いをしなかったら、紹介者へ請求書が回ります。
紹介者は、それを含んだ上で友人・知人を連れ立ってお茶屋遊びをします。
ここに 「オレが連れてきた客だから」という "見栄" があるのです。
ちなみに茶屋遊びの支払いは、すべて後払いでお金を見せる事は "無粋" とされます。
「もう、そろそろ・・」 と、お茶屋をあとにし宿泊ホテルまで帰り、タクシー代を払おうとしたら、「お茶屋さんから頂戴してますので。」とタクシードライバー。
翌朝、チェックアウトをしようとすると、「お茶屋さんからお土産が届いています。」と、フロントマン。
夜中の1時近くにホテルに届けられたそうです。
"見栄" と "粋"。そうして花柳界の "はんなり" を垣間見たような気がします。
投稿日/2011年12月 2日(金) 6:45 投稿者/河北泰三 コメント/0件
芸姑さん、舞姑さんがご挨拶され、お茶屋遊びが始まります。
今宵は京都・先斗町(ぽんとちょう)に来ました。
一見さんお断りのお茶屋にどうして私がいるかと言いますと、知人の招待を受けたのです。
「父が贔屓(ひいき)にしているお茶屋に得意先の方を招待したいのですが、それが良いか悪いか一緒に下見に行ってくれませんか?」
「望むところです。」
ホント断ることを知らない自分を自覚しつつ、興味もあったのでご一緒したのでした。
最初は何気ない会話から始まり、その内地方(じかた)さん=三味線を弾きながら長唄・小唄を詠う人=の調子に合わせて、芸姑さん、舞姑さんがおどりを披露してくれました。
これがなんとも優美なのです。
そして、お座敷遊びを芸姑さん、舞姑さんと一緒にします。
負けると、お酒を飲まされます。
「あら、おにいさんの負けどすえ。」 「いやぁ~負けてしまった・・どすえ。」
つまらないギャグをさらりとかわされ、三味線が爪弾きに変わり、今度は 都々逸(どどいつ)・小唄になります。
「あたしゃお前に火事場のまといさ、振られながらも熱くなる」
「あざの付くほどつねっておくれ、あとでのろけの種にする」
「アサヒだけがビールじゃないよ、キリンもエビスもみなビール。だけどほんとに欲しいのは、今宵のあなたのクチビール。」
時間が進むにつれて、ある事に気が付きました。
それは、会話が途切れないのです。もっと正確に言うと音が途切れないのです。
常に誰かがしゃべっている。もしくは三味線が鳴っている。もしくは笑い声があがる。
・・・これって、並大抵の芸ではないぞ・・・
常に客の機嫌を取っているという事です。
「いやぁ~。おにいさんすごいどすえ。」
このスーパーテクニック、すぐ横の鴨川のゆっくりとした流れにさも似ているような気がしました。
いずれにしても、この恐るべしお茶屋遊びについて、後日詳しくリポートしますえ~。