投稿日/2011年11月30日(水) 17:48 投稿者/河北泰三 コメント/2件
昨夜というか、本日未明にホテルに戻った時間は確か午前2時半でした。
春風亭昇太さんと久しぶりに深酒したのです。
昨夜は東京下北沢・本多劇場で "SWA(すわ)"の公演を見に行きました。
"SWA(すわ)"というのは、創作話芸アソシエーション の略称です。
自動車メーカー・ダイハツのCMで、低燃費のことをTNPと言っているのと同じです。(ちょっと違うか?)
春風亭昇太さん、柳家喬太郎さん、林家彦一さん、三遊亭白鳥さんの4人がメンバーで、新作落語の会を8年前に結成したのです。
彼らの作った新作落語は、この4名であれば誰が演じてもいいというルールがあります。
なので、ひとつの作品でも色んなバージョンで楽しむことができます。
そのSWAが今年いっぱいで活動を休止する事になり、その最後の公演が今週あったのです。
パワフルで、会場一体となった素晴らしい公演でした。
昇太さんは前日、喬太郎さんと午前3時まで飲んでいたとのことと、しかもその日は昼夜2公演であったので、かなりお疲れモードと推測し、楽屋に挨拶したあとすぐに帰ろうとしましたが、呼び止められました。
「ちょっと(飲みに)行くか?」
「望むところです。」
それで3軒のはしご酒となり、深酒になり、二日酔いとなったわけです。
飲んでいる時にどんな話をしたかというと、やっぱり落語の話題です。
落語ファンの私にとってはたまらないお話です。
「落語ってのは、日常なんだ。日常のおかしさを見いだせないと飯が食っていけない。」
真剣に飯を食うために感性を磨いている人が好きで、勉強していない人は相手にしないとも言っていました。
その集合体がSWAなんでしょう。
「昇太先輩は、ダンディズムですね。」
「お前は志の輔か!」(談志師匠が亡くなった時の志の輔師匠のコメント)
結構ベロベロになりながらもツッコミも忘れず、夜が更けていったのでした。
投稿日/2011年11月29日(火) 7:36 投稿者/河北泰三 コメント/0件
今年の夏、サマージャケットを買いに行きました。
松山市内の百貨店ではあと2週間でクリアランスセールが始まる事は知っていたのですが、どうしても次の出張に着ていくジャケットがなかったので買ったのです。
「お客様、このジャケットは特殊素材で一番人気です。丁度このサイズ1着しか残っていません。」
そして買ったばかりのジャケットを着こなして、東京出張です。
都内百貨店へ行くと、紳士服売り場ではクリアランスセールがすでに始まっているではないですか。
・・・東京はクリアランスセールがもう始まっているんだ。ちょっと見てっか。・・・
私のお気に入りのブランドもあり、物色しようとした時です。
・・・うぁ!・・・
こないだ買った同じジャケットがクリアランスセール商材として売られていたのです。
しかも、たくさん吊られていました。
・・・一番人気って言っていたよな!何なんだよ!・・・
どのぐらい安く売られているのか気になりましたが、見ると嫌な思いをするのでやめました。
それより、1秒でも早くここを立ち去りたかったのです。
その理由は、同じジャケットを私が着ていたからです。
「お客様、お買い物でしょうか?」
ドキン!嫌な予感が当たってしまいました。
そうです、店員さんは私がセール商品を着用しそのまま行こうとした(逃げる)と思ったのです。
どう見ても、どう聞いても、声のかけ方、目つき、すべて私を疑っていました。
それもそのはず、店頭に置いてあるものと同じものを着ているのですから。
「あのぉ、言っておきますが、私これ松山で先週買ったんです。」
「ええっ!松山ってもうセールしているんですか?」
「定価で買ったんだよ!しかもカードで買ったんで、まだ引き落とされてないし!」
「それはありがとうございます。でもよくお似合いですよ。もう1着いかがですか?今だったら○○円です。」
・・・うわぁ~。値段聞いてしまったぁ~。・・・
この気持ちわかります?
投稿日/2011年11月28日(月) 9:25 投稿者/河北泰三 コメント/0件
プロ野球日本シリーズも終わりました。
今シーズンのプロ野球は、東日本大震災が起こり開幕時期や節電のためナイターができなくなるとか、かなり揉めたスタートでした。
でも、終わればおもしろいシーズンでもありました。
それは、選手が懸命にプレーしたからでしょう。
中日・落合監督は、有終の美にはなりませんでしたが、いいイメージで勇退できたのでないかと思います。
しかし読売巨人軍の渡辺オーナーって事あるところに必ずと言っていいほど露出しますね。
開幕時期の問題の時も、節電の時も、WBC(ワールドベースボールクラシック)のルールについても、最近ではジャイアンツ人事についても脚光を浴びてます。
きっとキャラクター性が強いのでしょう。
ここは、ゆるキャラに対抗して、こせ(個性)キャラというのを読売グループで作ればいいのにと思います。
"ツネオくん" という名前の個性派キャラクター。
ホームゲームでジャイアンツが勝てばいつものキャラクター "ジャビットくん" が登場し、負ければ "ツネオくん" 登場するのです。
そして敗因となった選手をグランドに引きずり出し、怒るのです。
ウケると思うけどなぁ~。
まぁ人生って、逆手に取るぐらいの知恵と勇気がなければおもしろくないでしょうね。
その点では、今回のドラフト会議での日本ハムファイターズの指名はサプライズでした。
知恵と勇気を振り絞ったものでしょう。
巨人とあれだけ両思いの東海大学菅野選手を1位指名するし、7位指名では早稲田大学のソフトボール選手を指名です。
ドラフト会議場のどよめきは、意外性と字余りです。
普通は、名前と大学名または会社名を読み上げますが、名前・大学の後にソフトボール部がつけ加わっていました。
このなんとも言えぬ、字余り感が知恵と勇気じゃないかと思う訳です。
来年のドラフト会議、今度はどんな飛び道具が出てくるのか今から楽しみです。
投稿日/2011年11月25日(金) 8:06 投稿者/河北泰三 コメント/4件
落語家立川流家元 立川談志師匠がお亡くなりになりました。
立川談志師匠は、落語界において大きな存在であり、私にとっても訃報はかなりショックです。
思い出話をいろいろ。
談志師匠の存在を知ったのは、私が小学校上がったばかりのころ。
テレビ番組 "笑点" の司会者されており、上から読んでも、下から読んでも 「だんしがしんだ」 というフレーズを誰かが言っていたのを強烈に覚えていたのです。
初めて談志師匠のライブを見たのが、19歳の時 新宿末広亭という寄席で、「五貫裁き」という落語を演じました。
他の落語家が何を演じたのかは記憶に残っていませんが、談志師匠の落語は今でも鮮明に残っています。
その印象は、初めてストリップを見た衝撃に似たものでした。
・・・何なんだこの人は・・・
私が入部していた落語研究部が、談志師匠の落語に傾倒している先輩が多くいたせいもあり、それから談志落語を選んで見るようになりました。
九段会館で見た「ねずみ穴」、テレビ番組花王名人劇場の公開収録で見た先代円楽師匠とのリレー落語「お化け長屋」、国立演芸劇場での "ひとり会" で観客からのリクエストに応じた「化け物使い」、赤坂での「三軒長屋」、横浜での「芝浜」、渋谷のライブハウスで見た「夕立勘五郎」、東横落語会での「小猿七之助」 など等、見た場所と演題が今でも思い出されます。
そのぐらい、私にとっても印象深い落語家でした。
池袋演芸場の主任(トリ)を見に行った時は、先代の金原亭馬生師匠がお亡くなりになった日でした。
私は、馬生師匠が亡くなった事を談志師匠の高座で知りました。
馬生師匠との思い出話をしみじみと50分ほどし、「今日はこれで勘弁してほしい。」 と言って高座を終えました。
今まで見たことのなかった、談志師匠の一面を垣間見ることになり、これも思い出の一席になります。
厚木では、終演後ロビーで待っていると、談志師匠が出てきて握手をしてもらいました。
「今日はありがとう。また見に来てください。」
笑顔の師匠と手のぬくもりが忘れられません。
・・・だんしがしんだ・・・
「落語とは人間の業の肯定」 と定義付けし、逝ってしまった談志師匠に合掌なのですが、やはり残念でなりません。
投稿日/2011年11月22日(火) 7:50 投稿者/河北泰三 コメント/0件
ミッキー・カーチスさんの対談ライブを見に行きました。
私は彼の事をあまり知りません。
でも顔も名前も何をやっている(いた)人かぐらいはわかります。
・・・おもしろそう・・・
対談は、松山・子規記念館での新道後寄席というイベントで行われました。
コラムニストの天野祐吉さんの進行により、ミッキー・カーチスさんの半生が明らかになってきます。
本名 加千須ブライアン(かちすぶらいあん)さんといい、お母さんは英国の父と日本人母のハーフで、お父さんは日本人の父と英国人母のハーフだったそうです。
ハーフ&ハーフの間に生まれたのが、ミッキー・カーチスさんです。
昭和12年東京生まれ、戦時中は親子ともども周囲からスパイでないかという目にさらされ、上海に疎開し、戦後日本に戻ってきました。
日本では親族を頼って隠れるように生きなければならないほど、差別を受けたと言っています。
そして戦後18年経って、ロカビリーブームに乗り、一躍人気者に躍り出ます。
「わずか戦後18年で、世の中こんなに変わるなんて」 と、当時の事を振り返っていました。
考えてみれば、そうかもしれません。
今の時代は18年はおろか5年、10年で世の中一変することがなんと多いことか。
ミッキー・カーチスさんの芸名は、生まれたての時、祖母が耳の大きい孫をミッキーマウスに見立てて、ミッキーと呼んでいたところからきているとのこと。
その後、音楽活動だけでなく、俳優業、彫金師 等 多彩な活動を行っています。
さらに立川談志一門にもなり、ミッキー亭カーチス という名前で得意の落語も披露しています。
彼の演じる落語は、古典落語ですが 必ず外国人が登場します。
有名な小噺 「裏の空き地に囲いができたってねぇ。」 「へぇ(塀)~」 を彼が演じると、
「裏の空き地に囲いができたってねぇ~。」 「ヘイ!」になります。
彼の生い立ちには、察するに余る苦労もあった事と思いますが、それを逆手にとり独自性を出した生き方をされ、成功しているのでないかと思いました。
来年1月公開予定の 「ロボジー」 という映画では、74歳のミッキーさんが主役を務めます。
この映画、ミッキー・カーチスさん(役者名は五十嵐信次郎)の魅力がいっぱい詰まった作品のようで、すごく楽しみです。
そんな期待を持たせた、対談ライブでした。